秘境には・・・行かずにはいられない 清水忠明
「アレ」について
夏のある日、田辺さんとの会話。「先生アレ見ました」「見た、見たイイ〜ね。いつ行こうか」田辺さんが「アレ」と言うと何処かの秘境とか誰も行かない変な所となります。
これが某坂田さん(仮名)だと「アレ」はオッパイの大きい子の事となり、某吉住先生(仮名)もオッパイの形がいい子となり、某中先生(仮名)だと何処かにいい女の子いませんか?となります。(注:あくまでも仮名ですので、名前が似ているからと、指をさしたり、斜目で見たり、噂話をしないようにしてください)
田辺さんの「アレ」は北海道新聞に載っていました。トンネルとトンネルの間にある駅、道が無く鉄道でしか行けない駅、鉄道マニアから「ザ・キング・オブ秘境駅」と呼ばれているJR室蘭本線小幌駅の下、小幌海岸の記事です。秘境とくれば、私と田辺さんはもう、何があっても行かなければいけません。さっそくインターネットで調べました。
苫小牧駅から小幌駅まで117.1km、乗車時間2時間33分、片道2100円で1日に上りが5本、下りが3本止まる無人駅で、海岸まで険しい道を50m下ると、長さ150mの海岸があり、後ろは高さ50mの断崖絶壁が続く、また夏には鉄道の秘境マニアと釣り人が訪れる事が分かりました。う〜ん、ワクワクするような内容です。田辺さんと検討した結果、9月の中頃に訪れることにしました。
出発の前日、金曜日、大雨、大風です。気象庁によりますと、さらに天気は悪くなると発表されています。朝、田辺さんが来ました。「先生、天気やばいですよ。小幌あきらめて美笛でキャンプしましょうヨ」「う〜ん。チョッと明日は厳しいね」「だから、美笛で・・」「明日はダメだけど、明後日の日曜日は大丈夫でない」気象庁のHPにアクセスすると日曜日は晴れると書いてありました。幸い連休なので月曜日も休みです。「でも先生、波が荒くてテントまずくないですかね」「大丈夫でしょう。やばかったら駅のホームにでもテント貼ればいいよ」田辺さんはしぶしぶ納得し、日曜日に行くことになりました。
土曜日になりました。天気は最悪です。美笛どころではありません。「先生、本当に大丈夫ですかね〜」「大丈夫だって」田辺さんは、またしぶしぶ帰りました。数時間後、田辺さんから電話が来ました。「先生、やっぱりやめましょうよ」「何で?まぁ、なんとかなるよ」「でも・・」「大丈夫、何ビビッてるの、明日になれば晴れるから、天気図見ても大丈夫だって。気圧も上がって来ているし。酒さえあれば何とかなるヨ」「う〜ん。分かりました」天気は回復しそうですが、風や波は不安ですし、駅から海岸までの道も前日までの大雨で心配です。装備は何があっても対応できるように、ザイル、テント等しっかりと用意しました。
酒は保険です
日曜日になりました。快晴です。列車は苫小牧駅12時30分発です。田辺さんには11時頃迎えに来てもらう約束ですが、待っていられません。10時前に田辺さんの携帯に電話しました。「田辺さん、やったね。快晴じゃない。今、何処?」「もう少しで先生の家です。やりましたね」同じ気持ちだったようです。田辺さんがやってきました。早速、装備を点検し食料や酒の買出しに行くことになりました。天気が回復したとなれば、一番大切なものは「酒」です。
高橋会長を始めとする呑ンベェの方々にはよく理解できると思われますが、「家の中に、もう酒がまったく無い」と気づいた時ほど、惨めな気持ちになることはありません。学生の頃はよくありましたが、最近は家の中どこかに必ずワインのビンやウィスキーのビンやエビスの生樽10gが転がっています。思えば私も立派になったものです。酒が無い惨めな頃を、あの頃を思い出すと思わず目頭が熱くなってきます。もっとも下戸の方々から見ると「アホが!」ということになると思いますが・・・ともかく、これでもかとビール、ワイン、日本酒さらに保険としてウィスキーを持って行く事にしました。さらに食料を買出し、飲料水も用意しました。帰りの切符も買い準備万端です。二人のリックの他に簡易アイスボックス、小ダンボールさらに行きの電車内での昼食、田辺さんは海老天丼と500mlのビール2缶、私は鳥そぼろ弁当に500mlのビール1缶をしっかりと持ち乗り込みました。
13駅先の東室蘭行き12時30分発の普通列車が出発しました。田辺さんと私は海が見える側に座り、ビールで乾杯です。光輝く海が見えてきました。波は荒れていますが、絶好のキャンプ日よりです。普通列車なので時間がゆっくりと過ぎていきます。東室蘭で乗り換えです。18分待ち、新たに冷えたビールを片手に、長万部行きワンマン列車に乗り込みます。小幌駅は12駅先です。線路が海の近くにつれて最初、結構いた乗客もどんどん減ってきました。さらに時間がゆっくり過ぎていきます。あまりにも乗客が減ってきたので、『運転中は話し掛けないで下さい』という標識を無視して運転手さんに「小幌止まりますよね」と聞いたところ「はい、止まりますよ」との優しいお言葉。標識を無視して話し掛けた、みすぼらしいオッサン二人に対して、なんて優しい運転手さんなんだろうと、田辺さんと思わず手を合わせました。あまりにも優しそうな運転手さんなので、ついでだから言っちゃいました。「明日は3時31分の列車で帰りますので、必ず止まってくれるように、お友達の運転手さんに言ってくださいね」「はいわかりました」JRは立派です。ともかく東室蘭を経ち、いくつかのトンネルを抜け1時間13分後に小幌駅に着きました。降りたのは二人だけです。なるほど、見事な無人駅です。鉄で出来たホームの下を川が流れています。
海に向かって歩き出しました。確かに道は悪く、ハッキリはしませんが、たいしたことはありません。歩き出して2〜3分、眼下に綺麗な青い海が見えてきました。5〜6分で小幌海岸に着きました。誰も居ません。青々とした美しい海が目に、波音が心に響きます。海岸は直径5〜10cmほどの小石がゴロゴロした海岸です。多少寝心地は悪そうですが、砂浜と違って汚れません。とりあえず、荷物を置いて今日のテントを張る場所を選びます。昨日まで海が荒れていたため、波がかなりのところまで来ていたのが分かります。比較的、小石が多く集まっていて、風が直撃しないところを選び、テントを張りました。ここでやっと、やっとビールで乾杯です。海は本当に綺麗です。日が暮れてくる前に薪を集めなければいけませんが、いくらでもあります。焚き火を起こし、かまどを作り夕食の準備をします。と言っても焼肉とおにぎりとおつまみ、さらにこれでもかのアルコール各種です。
空がオレンジ色に染まってきました。青い海とオレンジ色の空と赤い焚き火とほんのり酔っ払ったオッサン二人、これは美しいものです、本当にここに来て良かったと思う瞬間です。夕食は焼肉ですが、簡易コンロの炭が少量のため多少、生焼けでも素早く食べなければいけません。でも良いんです。酒があれば・・・夕食はすぐに終わりましたが、これからです。おつまみを突っつきながら、延縄を仕掛けます。酔っ払っているため、かなりええ加減ですが、釣れれば儲けものです。波音をバックミュージックにオッサン二人の宴会は果てしなく続きます。真っ暗になってきました。はるか向こうに長万部の街の灯が見えます。至福のひと時です。酒は見る見る無くなります。お互いに何を言っているか分からなくなったら、寝ることになっています。すぐ分からなくなりました。テントに潜りこみました。何だかゴツゴツしていますが、これは慣れです。波音が心地よいです。一瞬の間に眠りに付きました。
タコと鍋とイイおじさん
朝になりました。昨晩、結構呑みましたが、まぁ、お互い慣れています。テントの斜め下に2m弱の浅い川で、顔を洗い朝食の用意です。こんな日の朝食は体に優しいお粥と決まっていますので、お湯を沸かし素早く作りました。田辺さんは規則正しく私の2倍食べますので、二袋暖めました。食事を済ませ、ボーと海を見ていると、上のほうからかなり大きいリックを背負った、怪しげな60歳過ぎのオッサンが降りてきました。とにかくこんな時は最初に声をかけた方が無難ですから「おはようございます」「お〜おはよう。昨日ここで泊まったの?」「はい」「鉄道関係の人?」「いえ、善良な小市民です」「ふーん」「おじさん、何しにきたのですか?」「いや、泳ぎに着たんだ」「エ!泳ぎ?」「毎週来るんだ」「??」怪しいオッサンは離れていきました。

何もする事が無いので怪しいオッサンを見ていると、リックを置き、崖に顔を向け太陽に背をジーと座っています。ますます、ますます怪しいです。小一時間ほど静かにその姿勢をしていた怪しいオッサンは、おもむろに立ち上がりシャツとパンツを脱ぎ素っ裸になりました。そして海水パンツをはきプールで使うスイミングキャップを被りさらにプールで使うゴ−グルをつけ裸足で海に入っていきました。良く見ると、遠浅ですが、足が痛そうです。怪しいオッサンの胸ぐらいの所、波打ち際から10mで怪しいオッサンが潜りました。上がってくると手に何か持っています。ウニです。潜るごとにウニを採ります。さらに急にこちらのほうに歩いてきました。なんと左手にタコを持っています。こちらのほうに投げてきました。「ひやぁ〜」本当に怪しいオッサンです。「田辺さん、あのオヤジ、まるでよゐこ濱口みたいだね」「そーですね。あなどれませんね」
私はただ見ていてもつまらないので、海岸を探索することにしました。いろいろ奇妙な岩があり面白いです。海岸の最先端に着きました。ここで終わりかなぁと・・良く見ると確かに行き止まりですが、岩にロープ打ち付けてあり先に行けそうです。早速、ロープをつたわって行ってみると、開けた岩棚に着くことが出来ました。ここだと魚が釣れそうです。
30分くらい散策しテントに戻ってみると、田辺さんが。ウニを食べていました。「アレ、田辺さんどうしたの?」「いや、おじさんがくれたんですよ。先生も食べてください。美味いですよ」「本当だ。美味いね〜」
怪しいオッサン、が海から上がってきました。腰の網にはウニが一杯入っていまはす。怪しいオッサンが近づいてきました。「これ、食べて」 何と!さらにウニを4〜5個くれ向こうに行きました。「田辺さん、おじさん良い人だね」怪しいオヤジはとても良いおじさんに変わりました。お礼を言いにつまみを持っておじさんの所に行きますと。「鍋があればこのタコ茹でてやるんだがな」「おじさん。あります」と力強くよく言いました。「エ?小さいコフェルしかないじゃないですか」と田辺さんが言います。「さっき、海岸の先端に行ったとき、確か岩の間に鍋のようなものあったような気がするんだけど」鍋を素早く探しに行きました。ありました。直径35cm位のフタなし鍋が海岸の岩の間に転がっていました。
早速、タコを茹でることになりました。まずタコを海で良く洗い、沸騰した海水にタコを入れます。タコの踊り茹です。タコの色が薄ピンク色に変わってきました。15分くらい煮て海水で洗いアクを採ります。おじさんは「おれ歯が悪いから、頭だけで良いから、足はあんたたちにやるよ」本当に良いおじさんです。田辺さんとタコの足4本づつ貰いました。もう我慢が出来ません。一口かじってみました。美味いです。とても柔らかく味もしっかりしています。タコの足かじりながらおじさんと話をしたところ、おじさんは室蘭に住んでいて、この海岸の主のような人で、毎年4月から9月くらいまで毎週来ることがわかりました。春は崖をロープで体を支えながら山菜を取り、夏から秋は海でウニやアワビさらに貝を取ります。タコはたまにしか取れないことを教えてくれました。「ところで、あんたたち何処から来たの?」「苫小牧です」私に向かって「鉄道関係じゃないんだったら、何しているの?」「まぁ、穴掘ったり、埋めたりしています」おじさんはさらに田辺さんに向かって「あんたは?」「掘った穴を埋めるの手伝っています」「そっちの関係かい」「はい」私と田辺さんはキッパリと答えました。おじさんによると、小幌海岸に来る人は夏には釣り人が訪れるが、他の季節に来る物好きは鉄道マニアくらいしかいないそうです。その後、おじさんは採ったウニの身を綺麗に取り分けタッパ−に詰めていました。おじさんは火で体を温め、もう一度海に潜り、私たちと同じく3時31分の列車で帰ると言っていました。
さらに怪しい男
海をズーと見ていると昼になりました。田辺さんと私は何もする事が無いので、昼食の用意を・・と言ってもレトルトのご飯とカレーを温めるだけです。カレーが温まり、最後に残していたビールを飲みました。田辺さんはまた私の2倍キッチリと食べました。その後、海を見ながら横になっていると、気を失いました。気が付くとまだ2時前です。帰りは3時31分です。これに乗り遅れると次は6時過ぎまでありません。さらにこれを乗り遅れると、7時過ぎの列車で長万部に向かい小樽を回り札幌を通り苫小牧に着くのは14時間以上かかります。さらにさらに、これにも遅れると次の日の9時過ぎまで列車はありません。のんびり寝ている場合ではありません。荷物を片付ける事にしました。大量の酒がないので、帰りは空身です。

その後、タコをかじりながら海を見ていると3時になりました。かなり早いのですが、小幌駅の回りも見ておきたかったので、坂道を登っていきました。坂道はかなり急ですが、リックが軽いので7〜8分で登りきりました。すると草むらから50歳前後の本格的なカメラを抱えた怪しい男が出て来ました。「スイマセン、下の海岸までどの位かかりますか」「下りで5分、上ってくるのに10分弱です」「そうですか。道は?」「ここをまっすぐです」怪しい男は慌てて降りていきました。そこに良いおじさんが下から上がって来ました。「いまの奴なんだ?」「さぁ?ただ小幌駅には列車でしか来れないから、3時3分に小幌駅に着き3時31分の列車で帰るでしょうね」「忙しい奴だなぁ」ホームにいると先ほどの怪しい男がハァハァ肩で息をしながら戻ってきました。ホームにいる私たちをカメラで写しています。おじさんが「あのやろ〜俺たちの写真とってやがるなぁ」「そうですね。怪しい奴ですね」「とりあえずカメラのほう見ないようにしようぜ」「そうですね。まったく怪しい男ですね」最もはたから見ると、きっと私たちのほうがズーと怪しく見えると思いますが、一緒にタコを煮た仲ですから。怪しい男が近づいて来ました。「あまり、相手にしないようにしよう」怪しい男が話し掛けてきました。「いや、いや大変でしたよ」「そーでしょうね。大変だったでしょう」「お疲れ様でした」「ほんと、ほんと」私たちとおじさんは言っていること、やっていることが全然違います。「忙しいですね。今日はどうしたのですか?」「本州にいる友人が、インターネットでこの小幌駅のこと調べて、ぜひ写真を写してきてくれと頼まれたんですよ」「そーですか」怪しい男もいい人でした。話を聞いたところ、写真関係の仕事をしていて、登別から来て小幌の隣の駅、礼文華に車をとめて写真を写しに来たそうです。列車が来ました。3人で仲良く列車に乗り込みました。仲良く話していると次の駅につきました。室蘭のおじさんも登別の男の人も礼文華で降りました。チョッと寂しくなりました。心からビールが飲みたいと思いました。東室蘭までお預けです。海がキラキラ光って綺麗です。昨日からの出来事が夢のように思えます。小幌がどんどん遠くなってきます。
海はどこまでも青く綺麗です。「田辺さん、また来ようよ」「そうですね。今度は坂田を誘いましょうよ」「そうだね。誘おうか」
Copyright(C) 2001 Tomakomai
Dental Association's All Rights Reserved.
webmaster:Tomakomai Dental
Association's