明るい空の下で
清水 忠明
「清水さんどうですかね?」「う〜んわからないなぁ。ともかく上陸するぞ!竹村、泳いで島の左にある木にロープを渡して来い」「え!1人でですか?」「あたりまえだろう。無人島だもの何がいるかわからないから危ないだろう。何かあったらすぐ逃げるから、まぁガンバレ」涙目の竹村は腰にロープを巻き船から飛び込みました。
私は南の島が大好きです。国内でも海外でも島と名前がつくものには過激に反応します。特に無人島などといわれると声も絶え絶えに悶えてしまいます。しかし最近は無人島といっても家族で数時間滞在、1人40$ランチ付きというパターンが多いのですが、学生時代は仲間と毎年、1〜2週間、1人1日、缶詰1個ただし米と味噌汁お代わり自由という旅を良くしていました。

今から十数年前、同級生の無人島ではウンコがでないため顔がむくんでくる山形県出身、村上琢と紫外線アレルギーですぐ顔に火ぶくれができ、さらに泳げないのに何故か無人島が好きな東京都出身、橋本慶太と何を食っても下痢をせず3食後必ずウンコが出る、北海道出身の私の3人、頼りになるがどう見ても彼女がオカマに見える静岡県出身、尾崎、スキーに誘ったら下駄を履いてきた、五木ひろしの悪口は許さない福井県出身、栗田、泳ぎが上手いが顔がいつもフニャフニャしている東京都出身、竹村の後輩3人、計6人で奄美大島の南東にある無人島に行きました。
無人島に渡るためにいろいろ準備が必要です。食料は1人1日、出来るだけ安い缶詰、350mlの野菜ジュース、500mlの甘い果物のジュースそれぞれ1個、さらに米、味噌です。そして最も重要なのは水です。1人1日最低、2Lは必要とされていますので、大きなゴミバケツに80L、20Lポリタンクを5個用意しました。さらに比較的大きめなアイスボックスに氷とジュースを入れます。水の次に大切なものは釣具です。もちろん高級な釣用具等は買えませんし、使うこともできないので、針と糸と錘だけはたくさん用意しました。準備は整いました。船をチャーターしましたが、天候がなかなか回復しないので出港出来ません。しかし私たちにはいくらでも時間があります。
恐怖の撒き餌船
数日が過ぎ天気は回復しました。しかし海はかなり荒れています。船長が来て「じゃ行こうか」。4〜5時間の船旅です。空は明るく快晴です。湾を出ると荒波です。船は大きく揺れますが、気分は上場です。イルカが船の周りに集まってきました。遠くにトビウオが見事に滑走しています。1時間後、慶太が死にました。彼は船に弱くすぐゲロピーになります。「まったくしょうがないなぁ。横で寝てな」いつもどおり私が片付けました。さらに30分後、突然来ました。船には絶対自信がある私に来ました。昨晩、船長が「明日は出航だから、お祝いにみんなで飲め」渡された泡盛の呪いです。まるでゴジラが口から火を吐くようにいろいろなものが飛び出てきます。7色の噴水です。あまりに勢いがいいため、皆被害を受けました。しかし私は思いっきり出すものを出したので気分は爽快です。「いや、よく出たなぁ。あれ!昨日食べた肉だ。もったいないなぁ」などと言うと同時に皆、青くなり「オェ〜」の大合唱です。すべて出してしまえば、楽になります。しかし皆はなかなかすべて放出しないため一触即吐くの状態です。「この肉洗えばまた食える・・?」「オェ〜〜」たいへん面白いので食べ物の話をしまくりました。「オェ〜〜〜」船上はまさに戦場です。私たちの船は恐怖の撒き餌船です。
数時間後目的の島が見えてきました。胸が高鳴ります。涙目の竹村が腰にロープを巻き船から飛び込みました。海はサンゴの浅瀬なので船は近寄れません。船と島の間をロープを張り手漕ぎボートでピストン輸送します。先輩が船の上から荷を下ろし後輩が手漕ぎボートで受けます。問題は大きなゴミバケツに入れた80Lの水です。「しっかり受け止めろよ。落としたら殺すぞ!」手漕ぎボートには尾崎と栗田が乗り海の中には竹村がボートを固定します。「じゃ降ろすぞ!」「ウ!」「ギャー」多少悲鳴は聞こえましたが、無事に船から80Lの水バケツは手漕ぎボートへ乗せることに成功しました。いよいよ上陸です。これからの無事を祈り御酒を砂浜と海に撒きます。
島は周囲4km位(多分)中央に小山があります。上陸地点はサンゴのかけらの真っ白な長い砂浜です。しかし砂浜の両端は切り立った岩で島を一周することは出来ません。砂浜の後ろは緑が濃くまるでジャングルです。このへんの島は火山帯に乗っている島にはハブがいないといわれています。しかし数年前、ネズミが増えたため地元の人がハブを離したそうです。さらにヤギが数匹いるので捕まえたら食べてもいい許可をとりました。海にはアワビを始めにウニ、イセエビ、タコ、シャコ、フグ、キンメダイ等各種魚とさらにサメがいるそうです。上陸後、最初に水、食料、アイスボックスを保管する所を決めます。直射日光が当たらず風通しが良く、ネズミなどに襲われない所を選びます。そんな都合のいい所はありませんので、その辺に落ちている木々で枠を作りビニールシートの日よけを作りました。次にテントを立てかまどを作りました。役割分担は昔から私がおかずを作り琢が米を炊き、慶太が食器を洗うと決まっていますので、それぞれに補佐をつけます。さらに一番大事なアイスボックスに入った氷と冷たいジュースの管理を竹村に任せることにしました。日が暮れる前に夕食の準備にかかりました。それなりに皆、出すものを出しましたので腹ペコです。初日なので船にのる前に買ってきた出来合いのおかずがメインです。さらに米を炊き味噌汁を作りました。本当はビールと行きたいところですが、次の日、のどが渇いて地獄を見ますので、無人島にアルコールは厳禁です。
太陽が東シナ海に沈んでいきます。空には満天の星が輝いてきました。時々、人工衛星や流れ星が見えます。島にやってきて本当に良かったなと思う瞬間です。焚き火を囲い食事をします。この島に来るまですでに5日間かかっていますので、いろいろなことが思い出されます。さらに多感でロクでもない、胡散臭い男が6人ですから、お約束通り女の子の話がでてきます。それもH系の話で終わりがありません。最もこの手のH系の話は無人島に行きますと1〜2日くらいまでは話をしますが、何故か3日くらいからは誰も話さなくなります。考えることもなくなります。これは食い物が悪いためなのか、暑さのせいなのかまたは考えてもしょうがないからなのかとても不思議なことです。
無人島での1日はとても規則正しいです。朝は7時には起こされます。太陽が昇るとテントの中は蒸し風呂です。汗だくになりながら海に飛び込みます。しばらく海に浮いているとお腹が鳴り出します。朝食は米と味噌汁と魚と缶詰2個です。魚は主に前日に夜釣し、大きい魚がつれた時は刺身にしますが、小さい場合は焼いたり煮たりして食べます。その後、太陽が昇るにつれて気温も上がってきます。10時になると野菜ジュースの配給があります。冷えていますのでとても美味しいです。出来るだけゆっくり味わいたいのですが、もたもたしているとア!という間にぬるくなります。12時ごろに昼食になります。メニューはほとんど変わりません。太陽が高くなると灼熱地獄が始まります。マスクにシュノーケルにフィンを付け海に飛び込み浮いている時間が長くなります。海に入っている時は背中が日に焼けるためT−シャツを着る等の注意が必要です。とにかく何か仕事をしている時や食事のときはつい背中を太陽に向けるため、砂浜や波打ち際で寝ている時は絶対に背中を焼かないようにします。4時を過ぎるとやや涼しくなりますので、釣や貝類などを取ります。夕食は6時頃になります。1日で最も充実した食事です。味噌汁にも具が入りますし、刺身、貝、さらには缶詰4個そして一番嬉しい500mlの甘い果物のジュース、一口飲むと「クゥ〜」涙が出ます。その後は焚き火を囲み話をしたり、釣をしたりします。酒がないので夜はとても早いです。

クモ?ヤドガリ?それとも・・・
上陸2日目、島の内部を慶太と栗田と私の3人で調べに行きました。何がいるのかわかりませんのでナイフ、ナタ等を腰につけ進みます。5分ほど行きますと草木に覆われた井戸らしきものが見えました。旧日本軍の井戸だと思われます。井戸の中には水がありますが、とても飲む気にはなれません。さらに進むと山道になってきました。草と木が生い茂り行く手を遮ります。そのとき突然、脛のあたりがチクチクしてきました。よく見るとヒルです。右足に3匹、左足に2匹着いています。このヒルは口に2本の牙がありそのまま引っ張ると牙が体に残り血が止まらなくなるので、タバコの火を近づけ自分から離れるようにします。慶太も栗田もやられています。すぐにヒルを取り除きたいところですが、このまま森の中にいると首とか背中とか厄介な所まで刺されるので、明るく開けているところまで走って移動しました。タバコに火をつけて一匹づつ離していきます。そこに竹村が慌てて走ってきました。「清水さん大変です!変なオッサンが来て訳の分からないことを言ってます」急いでテントに戻りますと、地元の漁師と思われるお年寄りが火を起こし何かを焼いています。不安そうに皆が見ています。「おじさんこんにちは」「ホー○×〜グァ」?何を言っているのか分かりません。非常に強い方言+漁師言葉です。まずはニコニコすることが大切です。するとおじさんが再び「ホー○・・」!分かりました。何処からきたのか?です(多分)「東京です」「ホーソー」一度通じるともう大丈夫です。「清水さん、分かるんですか?」「まぁな」本当はすべてわかる訳ではありませんが、べつにおじさんのこと口説いているわけでもありませんので、おおむね大丈夫です。おじさんには話好きで、この島の事や美味しい貝の取りかたやフグの食べ方さらに戦争中の話や仕事中にサメに噛まれて手を食いちぎられた話など興味ある話をたくさんしてくれました。そして沖に止めてある船に向かって泳いで帰りました。おじさんが教えてくれた貝の中でクモ貝と言う貝があります。貝殻はとても綺麗ですが中にはクモと言うか毛が生えたヤドガリみたいのがいます。見た目は気持ち悪いのですが、ぶつ切りにしてフライパンで炒めて醤油をかけると絶品です。食えると分かれば、必死に取りまくり、その日から必ず食卓に上がるようになりました。また魚はいくらでも釣れます。
ある日いつものように海に浮かんでいると、ふっ!と浮かびました。小枝にテングスを巻き先に錘、針にヤドガリを付け泳ぎながら釣る漁法(?)です。この漁法はとても興奮し思わず声が出てしまいます。なんと言っても針に魚が食らい付く瞬間が見られるからです。その瞬間は嬉しくて嬉しくてヨダレが出てきます。また掛かって欲しくない魚がきたときはテングスを引っ張りかわします。美味しそうなのが4〜5匹釣れたので、テントに戻り自慢すると、皆素早く同じ道具を作り海に向かいました。退屈なので新しい遊びができるとすぐ流行ります。
「エ!食うんですか?」
3日目に貝を拾いに行った尾崎が興奮しながら走って帰ってきました。「向こうの岩場にヤギがいます」早速、慶太と見に行きました。岩陰から見ると確かに2匹います。栗田に急いで残りの奴とナタ、オノ、ナイフ、ロープ等なんでも持って来るように言いました。すぐに
「ヤギってやばくないですよね!」「バカヤロ〜ヤギになめられてどうするんだ」「いくぞ!」ワァ〜、バシャ!バチ!クゥ〜逃げられました。驚いたことに後ろの断崖絶壁を登っていきます。私たちにはとっても登れそうにはありません。「チクショ〜」しかし2匹のヤギは10m位登った所でこちらを見て笑っています。ヤギの顔はいつも笑っているのですが、「クソー」「その辺にある石を投げろ!」ワ〜!「アブねー」石が跳ね返ってきて私たちにぶつかりそうになりました。そのとき琢と竹村が何か見つけました。砂浜の奥の岩のくぼみに40cm位の小ヤギがいました。琢が捕まえてきました。「捕まえたぞ!清水」「ほー、小ヤギでもいいや、食おう・」竹村が「エ!清水さん食うんですか?」「食おうぜ」すると琢が「まだへその緒着けてるし、結構かわいいぜ」慶太も「かわいいな」栗田だけは食いたそうでしたが、大勢は「かわいいし、食うところも余りなさそうなのでテントにつれていってかわいがろう」ということになりました。「そーだな人質ならずヤギ質にしよう。そのうちに母ヤギが向かいに来るから、それ捕まえて食おうぜ」パチパチ!小ヤギなので「コヤ」という名前を付けました。特に琢には妙になつきます。琢が歩くと、後を必死に付いて行きます。さて、小ヤギのエサです。牛乳なんて洒落た物はありません。ジュース、缶詰の汁、味噌汁、砂糖を水に溶かしたものなど与えますが、何も食べません。いろいろ与えてみると釣の餌用に持ってきた芋羊羹を水に溶かして飲ませると喜んで飲みました。しかしその日は寂しそうに泣くので琢がテントの中に入れ眠りました。2〜3日が立ちました。気分を変え森でウンコをしていると、来ました。コヤの親です。コヤをジーと見ています。事を素早く済ませ風下から回って皆に言いました。「いたぞ!コヤに気を取られているからチャンスだ。遠巻きから海に向かって追い詰めろ」2度目ですから、失敗は許されません。とにかく海に追い詰めて皆で押さえつけて、尾崎が角を持ち私が眉間を一発ナタで打つことにしました。「行けー」ワ〜波打ち際に追い詰めました。もう少しです。少しづつ母ヤギとの距離が縮まってきます。シメシメ。のどが渇きます。皆で一気に飛び掛りました。・・もう少しというところで逃げられました。母ヤギは必死です。しかし腹ペコの私たちも必死です。再び追い詰めました。ロープを角にかけ、多少腰が引けてますが皆で押さえつけました。尾崎が角を抑えました。後は一発です。その時、母ヤギが信じられないくらいの力で頭を振りました。ギャー!角が怖いです。その瞬間私たちはこれまた信じられないくらいのスピードで、逃げ惑い一斉に岩に飛びつきました。怖かったです。母ヤギは角を振り威嚇してきます。皆、涙目で誰も何もしゃべりません。数分が経ち母ヤギはコヤを迎えに行き2匹仲良く森の中に消えていきました。しかし私たちはそれからも数分間、岩にしがみついていました。「イヤー怖かったなぁ」皆、静かにうなずきました。野生動物は本当に怖いです。
バカは死んでも止まらない!
無人島暮らしも10日位になりますと、白目の部分と歯以外はもう真っ黒です。夜などは顔を見合わせて笑うと少し怖いものがあります。あす船が向かいに来て島を離れるというある日。事もあろうに気の弱そうな3人組の釣り人が船に乗って来るのが見えました。栗田が「清水さんどうしますか?」「そうだなぁ、どうせ明日帰るからチヨット驚かせようぜ。皆、死んでも笑うなよ!」ということで準備にかかりました。その辺の葉っぱを集め腰ミノを作り、訳のわからない祭壇を作り、ナタ、斧、ノコギリ、サバイバルナイフ等を並べました。気の弱そうな3人組が船から下り歩いて来ました。「こんにちは」無視です。再び「こんにちは」皆いっせいに俺たち日本人じゃないんだからあっちへ行けという顔で睨みつけます。「あの〜」その時突然、栗田が急に立ち上がって大声で「※〇∈§!」すると横にいた尾崎も大声で「○∂〆∀!」と叫んでいます。3人組が「エ?」竹村も叫びながらナタとノコギリを振り回します。私も慶太もサバイバルナイフを手に持ち叫びます。「☆◎§▽!」私たちは良く見るとただ色が黒いだけなんですが、やはり2週間も風呂に入らず、皮も3〜4枚もむけていると無気味に見えるのでしょう。3人組の顔が引きつっています。
栗田がたいまつを振り回し叫んでいます。もう何が何だか分からなくなってきました。さらに琢が立ち上がり口に灯油を含み人間火炎放射器をしました。ブォー!「ギュワァー」歓声が上がりました。気の弱そうな3人組は泣き顔で少しづつ後ずさりしました。琢は髪の毛と口を少し火傷をし、灯油も少量飲んでしまったため多少具合が悪そうです。しかしそんな些細なことはこの際どーでもいいことです。慶太がナイフを投げ何やら叫んでいます。そのうちに栗田が「ちょっと、ちょっと待ってよ、それ何処の民謡?」て感じの歌を歌いだしました。皆もそれに合わせて歌いだしました。さらに五体倒地で祈る者、奇声を挙げながら海に飛び込む者、もう誰も抑えることはできません、何でもありです。気の弱そうな3人組は遠く離れた岩陰に走って逃げていきました。大成功です!笑いがこみ上げてきました。しかしあまりにもバカなことを一生懸命やったのでクタクタです。本当に心からバカだと思います。明日は船が迎えに来ます。
今でもその頃のことを思い出しますと、明るい気持ちになります。
皆さんも一つどうですか無人島への旅は・・・
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